共催ライブを終えた

ある種の到達点だったと思う。

お世辞かもしれないが、「今後、詩のイベントを行う上で必ず思い起こされるイベントだった」と言われた。

胸を張って言いたい、「そうだろう」と。

何度も打ち合わせを重ね、手伝ってくれたスタッフ含め全員が真摯に本気で取り組んでいた。

常々思っている事がある。

好きでやっているならば、なぜそれに本気で取り組まないのか

セリフを覚えずにステージに立つという事が信じられない。練習を行わないという事が信じられない。
私は私の即興を信じない。やれと言われれば出来るが、それは確実に時間をかけて練り作り上げた作品に勝る筈が無いのだ。
私は私の書いた脚本が誰のモノよりも優れているとは思わない。だからアドバイスを聴き入れ、批判を受け止め、改善しようとする。

何故人の真剣を真摯に受け取らないのか。何故それに必死で答えようとしないのか。

絵画が好きで、音楽が好きで、演劇が好きで、本が好きで、お笑いが好きで、ダンスが好きで、映画が好きで、生きて行こうと思える。
好きな事をやりたくて、実際に色々とやった。挫折を重ねた。だが、まだパフォーマンスを続けている。何故ならば好きだから。

そのような人々を集めて、私の演出でライブを行いたい。それが私の夢だ。


ちゃこさんの経験に大いに助けられ、ライブの段取りや演出のクオリティが断然上がったと思う。そして練り上げられたパフォーマンスもエンタテイメント性に富み圧巻だった。
浅井しんやさんの熱唱を聴きながら舞台袖で幸福を感じていた、このライブに関われて良かったと。歌の合間に紡がれるその言葉と、曲への転換の上手さに鳥肌が立った。

そして、たあなさん。本ライブを企画し、私を誘ってくれた彼のパフォーマンス。正直に言おう。彼は舞台上で死のうとしているのではないかと思った。初めから最後まで、刃物を取り出し腹を切り首を裂くのではと感じでいた。それ程までに熱のこもった作品の連続だったのだ。

現在私はライブ映像の編集を行っている。しかしそれはあの夜の雰囲気を全て伝えきる事は出来ないだろう。

自惚れと言われて構わない。素晴らしいライブだった。同じことをやれと言われても出来ないだろう。そう思ってしまう程に。

全ての人々に感謝をしているし、またどこかで会いたい。

私はこれからも生きて、表現を続けていく。




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(撮影:鯰)